渡名喜 他の方でいかがでしょう。これをしゃべっておきたかったとか、あるいはこの一連の議論の中でお考えになったことなどがありましたらご発言ください。
河野 対話以前に、知らない人に話しかけるテクニックというのを持ってない人が多いので、そうすると対話は厳しいですよね。それは哲学対話とかいう以前に、コミュニケーションの形式が硬いのだと思うんですよ。多くの人は、知らない人にパッと声をかけることができないのかもしれません。この間、駅で大騒ぎしている人がいたんですよ。そこにパッと声をかけるとその騒ぎが止まるんですよね。最近、聞いた台詞では、「見知らぬ人に声かけられないじゃないですか」っていう発言が私にとって一番衝撃的で、そうするとどうやって生きているのかなっていう気がするんです。何か話しかけるということについてのこれだけ強い抵抗感というのが社会の中に蔓延していて、人にしゃべりかけることができないというのです。なぜそうなっているのかについては本気で考えるべきなのですが、その一つの理由に、自分が何かの形で常に評価されているっていう意識があるんだと思うんですよ。さっきの話と逆になりますけれども、一対一の関係性である「やあ、こんにちは」っていう行動に対しても、必ず三人目によって評価されているっていう意識が変な形で入り込んできていると思うんです。いつも誰かからの評価を恐れていて、だから「自分がうまくいっているだろうか」といつも気にしなきゃいけない。挨拶して相手がニコニコしていたらうまくいっているんだ、という単純なやり取りができなくて、表に出ている表情から、その裏に何かあるんじゃないか、それともまだ何かいいことがあるんじゃないかという意識しすぎな気がするんですよ。第三項の入り方っていうのは私たちの社会の中で考えるべきです。相手と対人関係に入る前に外部からの評価が気になりすぎていて、入ったら入ったでその場の人間関係の外部がなくなってしまう。哲学対話をやっている方たちの中で、ファシリテーターの役割の重要さってよくおっしゃる方がいらして、それは真面目なことだなぁと感心するのですけど、私は、対話が失敗したら均等にみんな悪いんだと思っているんですよね。だって、そうじゃないですか。こっちが100万円もらっていたら、それは相当責任持ちますよ。でも、哲学カフェとかで、タダで集まって人の話聞いてね、それで喜んで帰ろうなんていう虫のいい話なら、もうちょっと場作りに貢献したらどうなんだって思うんですよ。「あんたたちタダで来ているのだったら、それなりに他の人に貢献したらどうなんすか」みたいに思うんですよ。子どもに対しても率直に言うんですよ。「タダってないんだよ、この世の中」みたいなね(笑)。「交換しない社会なんかないんだよ」なんてことを言ってですね。だから対話ってみんなで作るものであって、ファシリテーターが全部責任を持つということはありえないと思うのです。何か、時代劇みたいに敵に囲まれて、20人ぐらいを、一人で相手にするとかありえないじゃないですか。対話はみんなでやるものです。だから、失敗はそんな気にしてないんですよ。まあ私の性格の不真面目さっていうのも主な要因なんだろうと思うんです。だけども、「失敗したのは君たちのせいでもあるからね」っていうふうに考えています。「つまんなかったら君たちのせいでつまんないんだ、俺もつまんないよ」みたいな(笑)。怒って帰っちゃうつもりでいると、プレッシャーになってみんなその場に貢献するのですよね。
渡名喜 ありがとうございます。それでは私も、学部長の今の言葉で非常に強い後ろ盾をいただきましたので、せっかく来ていただいた学生の方、いかがでしょうか。聞いていらっしゃいますか。しゃべりにくいか今のタイミングは(笑)。Sさんいかがでしょう。
学生S そうですね。どうしても哲学対話っていうのになった時に、対話が苦手な人だとか、苦手だと思い込んでしまっている人が、そういうハードルをどうやって乗り越えるのかなっていうのは私も聞いていて思ったところです。それから、これは若干個人的な興味も混じってしまうんですが、河野先生が、図書館とか美術館で哲学対話をなさっているとおっしゃったと思うんですが、それについてもう少しお話をお伺いできればと思っております。
河野 せっかくですからコンパクトに説明したいと思います。図書館の場合はですね、いくつかのやり方があります。今江戸川区の篠崎子ども図書館では、図書館の二階で哲学対話をやっています。例えば「今日のテーマは算数です」みたいにテーマを決めて、問いを出してもらって、例えば「数とは何か」みたいなことを話したあとに、次に下の図書館員の方が上がってきて、算数や数学、数に関する本を紹介して、子どもに借りていってもらうというやり方です。つまり、対話したあとの、もうちょっと探求したい部分を本で埋め合わせて、図書館の人に本の説明をしてもらっています。他の場合では、単純に対話の場所として図書館をお借りしている場合もありますけれども、江戸川区のように、図書館員の方による図書紹介との組み合わせでやっている実践が多いです。あとSDGsなどについて、図書館で調べてもらったことをもとにして話し合うこともあるし、絵本を読んで図書館員の方から簡単な解説をいただいてから話を始めるということもあります。美術館も同じですね。学芸員の方にいったん「この絵はこういう意図で描かれています」みたいな解説をしてもらって、その後にみんなで学芸員の方も含めて対話をするという形ですね。これは割とやりやすいです。やっぱり対話が弾むには、当たり前だけど題材がいい方だと思うんですよね。プレーンバニラ【注4】みたいな、素材がない形で対話を続けていると、同じメンバーで繰り返していくとみんな飽きちゃいます。何回かやっていると話す内容が無くなっちゃうんですね。人間、悩みってそう多くないんだよね。だいたい二つぐらいしかないんです、人が悩んでることは(笑)。20個も30個も悩めっていうのはなかなか難しいんだよね。だから題材があった方がいいんですよね。
(2021年11月 オンライン会議システムzoomにて)