本記事は立教比較文明学会紀要『境界を越えて──比較文明学の現在 第24号』に収録された巻頭インタビューを再録するものです。前編、中編、後編の3パートに分けて掲載します。
2021 年に上梓した拙著『映画の詩学』(世界思想社)では、想田和弘監督映画『Peace』(2010) に一章を充てている。『Peace』は、柏木規与子プロデューサーのご両親、柏木寿夫・廣子夫妻を主人公にしたドキュメンタリー作品である。
ドキュメンタリー映画がこの世に誕生するとはいかなることであろうか。ドキュメンタリーはわたしたちの生そのものをどう震わせ、どう動かしてゆくのであろうか。 想田監督の『牡蠣工場』(2016)、『港町』(2018)のロケ地でもある岡山県・牛窓を訪ね、 目の前に海が広がる想田・柏木ご夫妻の自宅で、お話をうかがった。
(今村記)
柏木 あ、また口開けてるわ。
(猫の鳴き声)
今村 チャタ君が。
(猫の鳴き声)
柏木 ほらほら、ほら。
(猫の鳴き声)
想田 うん。ちょっと暑いからな。
(猫の鳴き声)
柏木 口開けてハアハア言うんですね、最近。
想田 僕らが保護している地域の猫の一匹なんですよ。
(猫の鳴き声)
『Peace』
今村 『Peace』、 何回も観直したい作品なんです。百回は多分観ている[図-1]。
柏木 えー。
想田 うわっ、すごい(笑)。
今村 何回も観直したいっていうのは、そこに、その時々の自分が映し出されるんです。お父様、お母様、俳優ではいらっしゃらないのに、台詞全部暗唱できるんですよ(笑)。(小津安二郎監督の)『東京物語』(1953)の笠智衆とか私できるんです。「自分の育てた子どもより、いわば他人のあんたのほうがよっぽどわしらによくしてくれた。ありがとう」。おんなじように、「それだけ働いて、私に入るお金はゼロ。赤字だから入らんわけです。でも、お金には代え難いものがある」って(笑)。こんなふうに全部、暗唱できるんです。
柏木 すごいですね(笑)。
今村 で、これは何なんだろう、と。お父様、演劇をやってらっしゃったとかではないですよね(笑)。私のなかでは、介護の仕事に、笠智衆と原節子のような形で、柏木寿夫・廣子ご夫妻がいらっしゃるんですね(笑)。
規与子さんのクレジットが『選挙』(2007)のときにはなくて、『精神』(2008)のときには製作補佐、『牡蠣工場』(2015)で製作と、どんどん出るようになられていて、MoMA(ニューヨーク近代美術館)での上映後のトークの際も、『Peace』のころは、繊細な少女みたいな感じだったのが、だんだん表に出られるようになられて、それがすごく面白いなって。
柏木 ああ、そうでしたか。
今村 それで、『牡蠣工場』(2015)、『港町』(2018)、『精神0』(2020)と、実際に映画のなかに登場されるようになりますよね。