渡名喜 ありがとうございます。面白いですね。オーケストラとも一緒にやるということがあるのですね。またその話は追ってぜひいろいろ伺いたいと思いますが、次に戸谷先生のお話しを伺いたいと思います。
戸谷 私は今までの経験というとほとんどが大学の外ですね。町というか、誰でも参加できる場所で不特定多数の参加者を募るような形で哲学カフェをやってきました。大学院に在学しているころから哲学カフェの進行役をやり始めて、最初は千葉県にあるMOONLIGHT BOOKSTOREという古本屋さんを使わせてもらいました。その後も、哲学カフェの意義をご理解いただけている方に場所をお借りして、定期的に開催するというようなことをやってまいりました。京都のカルチャースクールのGACCOHという場所でも定期的に哲学カフェをしています。町の中で哲学カフェをしていてとても面白いのは、誰が来るかわからないということですね。ついさっきまで全くの赤の他人だった人たちが集まって愛とか正義とかについて自分の考えを語り合うというのは、見ているとある意味では不思議な光景でもあるし、また、問いをみんなで探求していくなかで、さっきまで他人だった人たちの間に徐々にコミュニティが作られていくというか、一つのものを共に作り上げていくような関係性がだんだんと芽生えていくような感覚が、とても素敵だなぁと思っています。そうした場に立ち会えるということが私にとっては大きなモチベーションですね。また、特にコロナ禍以降は、「技術の哲学カフェ」というオンラインの哲学カフェを個人で主催しています。そこでは毎回技術に関連するトピックをテーマにした哲学カフェを繰り返しています。まあ、技術といっても、ゲノム編集などの先端的なテクノロジーというよりかは、何かを作るという営みをテーマにしています。つい先日は料理をテーマにした哲学カフェをしまして、ここでもいろいろな意見が出て来て面白かったです。技術とかテクノロジーに関するパブリックエンゲージメント【注1】というんでしょうか、市民間での共同参画のようなイベントとしては、サイエンスカフェなどがこれまでは有名だったと思います。ただ、サイエンスカフェでは基本的に専門家の方の話が入るので、どうしても非対称的な構造があるなというのは前から気になっていたところで、テクノロジーとか技術をテーマにしながら開かれた対話、市民間でも開かれた対話を進めていくにはどうしたらいいのかなということを個人的にずっと考えていました。まだ自分のなかでは完成形ではないのですが、「技術の哲学カフェ」をそういう新しいパブリックエンゲージメントの形に育てていきたいなと個人的に思って進めているところです。
渡名喜 どうもありがとうございました。「技術の哲学カフェ」をなさっているというのは伺っていたのですが、今の話を聞いて、すごく興味を覚えます。これまでのリスク・コミュニケーションを乗り越えるような射程を有しているかもしれないという印象も受けました。では、永井先生、お願いできますでしょうか。
永井 私は、哲学は場所を選ばないところがいいと思っていて、むしろ今は、いろんな場所で試してみようという気持で活動しているような気がします。小学校、中学校、高校で出前授業をすることもありますし、大学で、立教大学でも兼任講師をさせていただいていますけれども、大学生と一緒にやってもいます。まちでの哲学カフェや、寺社、ビジネスのなかでの哲学対話というのも行っています。最後に、これはちょっと変わり種なんですけれども、メディアのなかでも対話の場を開くということは最近試しています。哲学対話とは明言はしていませんが、市民メディアなどで、問いを中心とした対話の場を開くような配信を行なったりして、そこで忌避されやすい政治的な議論だとか社会問題について、広くみんなと、大丈夫って思えるような場で問えたり考えたり悩んだりできるような場を開くということもしています。
【注1】市民が公的な事柄について積極的に関わっていくこと。