「浦」の成り立ち
福嶋 ガルシア=マルケスやフォークナーの小説の舞台となるマコンドとかヨクナパトーファは、人間が開拓した街ですよね。マコンドの場合はそこにバナナ会社などの企業も入ってくる。人間の歴史性を濃厚に帯びた街です。
一方、日本の大江さんや中上さん、小野さんは自然と人工の区別があまりない場所が舞台になっているように思えます。四国の森や紀州の「路地」のように、自然と近しいところに文学的なトポスが設定される。トポスの名前も一般名詞に近い。だからこそ、後期の中上さんであれば「路地はどこにでもある」というアクロバティックな展開も可能になるわけですね。そのあたりの違いはお考えになったことはあるでしょうか。例えば「浦」がいつできたかという設定はありますか。
小野 歴史をひもとくと、熊野から7軒の家がやって来たという伝承が残っているようです。
福嶋 それは中上とのつながりという面でも面白いですね。
小野 「熊野七軒株」というのがあったらしいです。もともと、僕の出身地は蒲江というところですが、「町史」によれば、一番の中心地になっている蒲江浦に、熊野から流れてきた人たちの家が7軒あったと、たしかそんな記述があったと記憶しています。
福嶋 『水に埋もれる墓』には、四国から流れてきたお姫様の話が出てきますね。
小野 そういう話が実際にあるんです。早吸日女というお姫様を殺してしまった一族が、ずっと眼病になる呪いをかけられている話は知られていて、僕も小さい頃に誰かから聞いたんだと思います。ともあれ、「浦」は昔からあるものです。けれどヨクナパトーファは、どういうふうにしてこの街ができたかをフォークナーが書いていますからね。
福嶋 マコンドにしてもヨクナパトーファにしても、創設されたユートピアのようなところがありますね。
小野 マコンドもそうですね。何もなかったところに人が開拓してつくった村が出発点だから。どこか新世界的だけれど、日本の場合は新世界じゃないですよね。「浦」はいつできたのかはわからない。昔からあるんですよね、きっと。