クレオール文学とマリーズ・コンデに見る、故郷の形

福嶋 博士論文はどういう内容だったんですか。

小野 マリーズ・コンデという女性作家について書きました。フランスの海外県、カリブ海のグアドループ出身の作家です。アメリカのコロンビア大学でフランス語圏の文学を教えてもいました。僕はもともとは、同じカリブ海の海外県マルティニークのパトリック・シャモワゾーに興味があって、彼についての博論を書こうと思っていたのですが、マリーズ・コンデを読んだら思っていた以上に面白かったんです。
コンデの作品には子どもを愛せない母親がよく出てくることに興味を持ちました。また、自伝的な小説を読むと、彼女が疎外的状況というか、自己否定をする文化の中で生きていたこともわかった。彼女の出身地はかつての植民地なわけですが、彼女の両親はとりわけフランスへの「同化」意識が強い人たちでした。だからコンデは、フランス本国の価値を絶対的な基準として信奉する、いわば「白い仮面をつけた黒人」の家庭に生まれ育った女の子だったんです。学業優秀だったので、パリの名門校に進学する。ところが、自分はフランス人だと思っていたのに人種差別に直面するわけです。そして、自分とは何者なのか、自分たちカリブ海の黒人とは一体何者か、と切実に問うようになる。若くして結婚するのですが、相手がアフリカのギニア出身の人で、コートジボワールをはじめとする独立したばかりのアフリカの国々に行きます。そこで、カリブ海の黒人とアフリカの黒人とのあいだの心理的な距離も痛感するし、何よりもそうした国々の政治の腐敗という現実に直面する。それらの経験は作品に生かされています。
そうやって読み進めながら、博論はコンデについて書こうと思うようになりました。もちろんシャモワゾーはすばらしいのですが、コンデは彼とやや対立する立場にあることにも惹かれました。

福嶋 コンデがシャモワゾーたちに批判的だったというお話は興味深いですね。三浦信孝氏がコンデの講演集『越境するクレオール』(2001、岩波書店)の序文で触れていますが、シャモワゾーの『テキサコ』([1992] 1997、平凡社)は、老女の語り部の記憶を聞き書きによって再現するという体裁の小説です。しかし、それがややリニアな感じがするということで、コンデは『生命の樹――あるカリブの家系の物語』([1992] 1998、平凡社)ではもう少し複雑な戦略をとっている。カリブ海自体をさまざまな外来のものが出入りしては複雑なキアスム(交差)を発生させる、一種のオープンスペースのように描いているわけですね。
小野さんは、そういうマリーズ・コンデ的な外部とのキアスムの問題をご自身の小説でも書かれているように思います。そのあたりの影響関係はいかがでしょう。

小野 僕はシャモワゾーの作品も大好きです。『テキサコ』は本当に素晴らしい作品だと思います。彼は基本的にマルティニークに住み続けて作品を書いている。そして彼の作品の舞台はつねにマルティニークです。マルティニークは小さな島だけれど、多様な文化的要素が世界中からやって来る土地だという意識に貫かれています。
一方のコンデは、移動する人です。彼女はパリで勉強した後、グアドループからパリに行き、結婚してアフリカの数ヶ国で生活し、またフランスに戻って『セグー』(Ségou、 1984)というベストセラーを書きます。そのあとイギリス人と結婚して、今度はアメリカの大学で教えるようになり、自分の故郷であるグアドループとニューヨークを行き来しつつ、もちろんパリも訪れる。そのせいか、彼女の作品には、グアドループを舞台にしていても、つねにアメリカやアフリカなどのいろんな場所が出てくるんです。自分が移動してきたところから多くのものを感じとって作品を書いている。そして故郷を離れるという体験が、グアドループという土地についての、その歴史や文化についてのより深い理解をもたらしているように思います。
僕の場合は、留学してフランスに行き、クロード・ムシャールさんのところで暮らすようになっていろんな出会いに恵まれ、そのことが故郷について新しい異なる観点から考える機会を与えてくれた。そういうこともあって、コンデの作風に惹かれたのかもしれません。