身体について

今村 初期の作品では規与子さんが登場してなかったのが近年の作品には登場されるじゃないですか。それも結構、難しいですよね。
想田 そうですね。難しいというか、もう必然的にそうなってしまうというか。
柏木 その場にやっぱりいるんで。撮影のときに必ずいるから、どうしても関わっていってしまう、みたいな感じですね。
今村 観ていてうれしいというか、規与子さんがどんどん生き生きとされてくるのがすごくうれしい。
想田 『五香宮の猫』はめちゃくちゃ出ていますよ。
柏木 いや、なんか、だんだん楽にはなってきているんですよね。最初、『精神』のときとかは、もう、ちょっとでも私の声が入ったら、キーって、ものすごい、キーってやられていたから。もう本当に、こんな感じ(ジェスチャー)で。
想田 (笑)それはね。
柏木 こんな感じで(ジェスチャー)その場にいたんですけど。
想田 (笑)ちょっとそれは誇張があって。
柏木 いや、そうだよ。
想田 それはね、たとえば、こっちで患者さんがすごい深刻な話をしているのを撮影しているときに、規与子さんが誰かほかの人とケラケラ、ケラケラ笑いながらしゃべっていたりとか、そういうときのことなんですよ。
柏木 いや、でも本当にちょっとでもキャメラがあって、ちょっと前に出そうになったら、バッとこう押されるというか、ドーンみたいな感じで、「うわあ」と思って、それでもう絶対に存在がないようにって。だから、たとえば、(『精神』に登場する患者さんの)菅野さんっていうあの、鼻に、タバコを吸わせて、キシュキシュ、シュポシュポ、あれも私に見せてくれているんですけど、本当だったら、「あっはっは」って笑いたいけど。(身振り手振りだけで、満面の笑みを作って)だから、もうきついんですよ。
想田 まあ、あのころはね。僕もNHKの慣習を引きずっていたので、まだまだ、『精神』と『選挙』は最初同時に撮り始めていますから、もう本当にはじめての観察映画っていう感じで撮っているので、僕のなかではやっぱり制作者はなるべく影になるというか、存在感を出さないっていうことを心がけていたものですから、規与子さんが入らない、入らないようにとはすごく思っていたんですよ。
 僕はもう職業的に自分自身の気配を消すことを身につけるようなことをずっとやってきたので、自然にそういう動きになれるわけです。でも、いきなり僕を手伝いに来てくれたダンサーの規与子さんにそれを僕は要求できないと思っているから、だから規与子さんがフレームに入りそうになったら肩を押して追いやる、みたいなやり方をしたわけですけど、それが要するに、押しのけられたっていうふうに感じたんでしょうね(笑)。
柏木 やっぱり一番難しいのは、私はその場にいるってことです。みんな想田のことをキャメラマンと思うんですよ、だいたい。私がその横にいると、みんな私に話しかけてくるし、重要人物のように、私に対して、「こうなんです」、「ああなんです」って話してくださるんです。それに対して私は声も出せないし、もう本当に、わかります? この……(無言で身振り手振り)(笑)。もう本当に、向こうに失礼がないようにというか、楽しいカンヴァセーション(会話)が続くように、無言で体中で受け答えを表現するのが本当に大変で、「もう、想田、勘弁してくれ」っていうような感じですね。だけど私はやっぱり現場がすごく好きだし、被写体の人をすぐ好きになるから、もう、わあって話聞きたい、みたいに、こういうふうに乗り出していくと、やっぱり近づいてきてお話ししてくださる。だけど、撮影中は声が出せないので不審な人物になっちゃうんですよね。(無言で身振り手振り)みたいな(笑)。そこにつねにつねに葛藤があって、「きついわー」って。そうしたら『牡蠣工場』や『港町』あたりからいきなり想田が私をフレームに入れるようなったんですよ。「えっ、ちょっと待って」って。
今村 なるほど。
想田 だから、あのあたりでようやく僕も、製作者はフレームに入っちゃいけないっていうマインドセットが、タブー感が抜けたんですよね。
柏木 でも、そういうこと私に言わないので、ある日いきなり、私の(無言の身振り手振り)が画面に入っているんですよ(笑)。それで、「ちょっと待った」と思って。「何これ」、みたいな。私の(無言の身振り手振り)が入っていて、「ちょっとおかしいですよ」、「間違えてないですか」って言ったら、「もう普通に入っていいよ」って言うんですよ。でもそれだったら先に言ってくれないと、画面のなかで、もうすごい不審なんですよ、私が。