根をもつこと

柏木 いまから(日本に)自分の根を生やしていくっていうのに、どのぐらい時間かかるんだろう、と。ニューヨークは二十七年住んでいて、二十年ぐらいやっぱり根を生やすのが大変だったんです。本当の意味で自分が、自己実現っておかしいですけど、やりたいことをズバッとできるようになったのは最後の七、八年ぐらいで、それまでは、やっぱりもうストラグル(格闘)っていう感じだったんですよ。やっぱりいつでも外国人、みたいな感じで、ラッキーだったらいいコマが取れる、ぐらいの感じだったんですけれども、それが本当にアメリカ人の人のなかに食い込んでいって、アメリカで、対等にちゃんとした場所が取れるようになってきたのは、本当に最後の数年だったんです。いまから見ると「最後の」ですけど、私はそこからが始まりと思っていた。アメリカで始まると。アメリカというよりニューヨークですけど。で、コロナがあって、ニューヨークもドーンと変わり、いろんな事情でこっちに移ったわけなんですけれども、始まったばっかりで私は終わった、みたいな気がやっぱりどこかにあるから、自分の気持ちがスーッとニューヨークに飛んでいくことがあるんです。いままでずっと、日本はアウェーだから何でも我慢できた。想田の奥さんという扱いとかでも我慢できたけれども、もう自分の名前で生きるニューヨークというホームがない。そうすると、もうここを自分の場所にするしかなく、するとすごいビッグ・エゴ(自尊心の塊)が出てきて。「別に奥さんでもいいじゃん」って言われることがある。想田の母からも言われて、「規与子ちゃん不思議なこと言うね」っていうふうに。想田の何かについて私が褒められたんですよ、想田の母に。「いや、お母さんそれは違います。あれは和さんのやったことで、私じゃないです」って言ったら、「なんで自分のこととして受け止めないの? 自分でもっと自分を褒めないと」みたいに言われて、そうか、そういうふうに考えられればいいなって。多分、想田の母はそうやって想田の父をサポートしてきたんだな、と。父が会社をやっていて、そのサポートでずっと一緒に会社でやってきた人で、やっぱり想田の母がいないと、あれだけの仕事を父はできなかったと思う。でも、母はそれがすごく、自分の生きがいとしてやっていた、と。
 それはもう山本先生と芳子さんの関係も同じで、芳子さんはそれが生きがいで、山本先生が輝いて自分が輝くみたいな人だったと思うんですけど、私はなぜか違うんですよ。昔からなぜか違って、想田が輝いて、「よかったね、想田」って心から思うんです。「よかったぞ、想田」って。でもそれは想田。私は私で自分の世界を持っておきたいっていうのがあるんですね。だから、「想田さんの奥さん」みたいに言われたりすると、やっぱり嫌な思いがしたりはするわけなんですよね。「私には私の世界あるんですよ、柏木と申します」って。それはね、やっぱり日本に帰るごとに、つねにつねに感じていたことなんですけど、でもまあいいや、私はニューヨークに帰るんだからって思っていて。
 いまはね、私はここに太極拳の道場開いて、もう自分の名前でこっちでもやっていかないとと思って、一生懸命根を張っているところで。それに必死なんで、以前感じていた日本での不快感っていうのは感じないですね。だから、そういう状況がないんだと思う。
今村 それは、それこそ『選挙』で「家内、家内。妻じゃなくて家内」ってさゆりさん(『選挙』、『選挙2』の主人公・山さんのパートナー)がガーっとなっていたところですよね(笑)。