ジダンをめぐって

 現在取り組まれている仕事についても教えてください。
陣野 ようやく版元が決まって2023年に出る予定なんですが、世界初のジネディーヌ・ジダン論です。研究という意味では一番研究書っぽいと思います。僕は今、ジダンよりジダンに詳しいですよ、たぶん(笑)。
ジダンは、移民の子どもとして生まれたことをはじめ、いろんな解釈ができる面白い人なんです。アルジェリア系の移民で、最終的に大金持ちになっていくわけでしょう。フランスとアルジェリアの複雑な関係もみんな彼の中に集約されているし、彼は政治的な発言を一切しないからいろんな憶測を呼んで、みんなが「ジダンは本当はこう考えている」みたいなことを言いたくなる。それが頭突きをしていなくなっちゃった。
 あれは衝撃でしたけど、いつでしたっけ。
陣野 2006年です。頭突きに関しては、もう「頭突き学」と言えるくらい、あの頭突きを読解する、みたいな研究の歴史が既に積み上がっています。そしてまだ出ていない本について語るのもおかしいんですが、ジダンはお父さんがすごい人なんですよ。
 ジダンのお父さんについての資料があるんですか。
陣野 お父さんが自伝を書いたんです。ジダンのお父さんはアルジェリアでもカビリーというベルベル人が住む地方の出身で、フランスから独立する前にフランスにやって来て、本当にお金がなくて工事現場にずっと寝泊まりして1年を送る、みたいなことをしている人です。そのお父さんがフランスに来てからも守り続けた故郷の習俗みたいなものもすごく面白い。カビリー地方の習俗を研究したのは、社会学者のピエール・ブルデュー。坂本さやかさんと坂本浩也さんが訳したブルデューの『男性支配』というのは、ジダンのお父さんの出身地であるカビリー地方の習俗を研究している本で、僕はブルデューからジダンのお父さんの本の読解というのを今やっているところです。実際、ジダン家のしきたりや決まりはカビリー地方の習俗とぴったりあてはまる。両親はずっとカビリー語を喋っていて、それをいかにパリで実践して、ジダンに教えていったか、という話です。
 両親というとお父さんだけじゃなくてお母さんもですか。
陣野 お母さんも同じ村の出身です。だから、お父さんとお母さんはその文化を子どもたちに伝えるために家の中ではベルベルの言葉を喋るんです。そういう話を延々と書いています。
 同じくベルベル出身のラッパーで、格好いい人がいますよね。
陣野 Rim’Kですね。ベルベルというか、カビリーの人たちの中で流れている音楽がフランスのラップと出会ってまた別の音楽に発展している。そういうのをジダンは絶対聴いているはずなんだけど、それこそもう桐山以上にわからないですよね。ジダンに手紙を書いたら教えてくれるのかもしれないけど。
 そこに辿り着くまでに大変なことになりそうですね。
陣野 ただスペイン語をちゃんと読めないんで、すごく暗い気持ちになっています。
 スペイン語圏研究者としては、ラップを含めて宿題をどっさりもらった気がします。スペイン語の資料もたくさん出ているんですか。
陣野 そんなに多くないんだけど、2016年にレアル・マドリードの監督になってから5年間はスペインのメディアの方が彼のことを詳細に論じたと思います。フランス系のメディアは全部読みました。
 移民の子としてサッカー選手になったのはジダンが最初だったんでしょうか。
陣野 フランスって10年に1回くらい逸材が出てくるんですよ。80年代ならプラティニで、プラティニだってイタリア系だったから、ジダンが最初というわけではないでしょう。今ならキリアン・ムバペだけど彼もいろんなルーツが混じっている。ただ、ワールドカップで優勝してフランスに住むフランス人、アルジェリア人、その両方に関係のある人、その他瞬間的なサポーターを含め国民全員が盛り上がるということを実現できたのはジダンが最初だと思います。