※本コンテンツは、2015年度の文芸・思想専修紹介リーフレットに掲載されたものを再録しています


文芸・思想専修はどんな場所ですか?

佐々木 文芸・思想専修は、2006年に新たに立ち上げられた、比較的新しいコースです。そこには、それまで立教の文学部になかった哲学や芸術、それにキリスト教に限られない宗教一般を専門的に学べる場所をつくろうということと、文学を研究するだけでなく自ら作品をつくりたいという学生の要望に応えていこう、という文学部内で永年温められてきた理念が込められています。

林文孝 既存の大学では、思想・哲学と文学研究・創作は別のカテゴリーとされていることが多い中で、文芸と思想が一緒になって1つの場所をつくっていこうというのは珍しいことかもしれません。けれども文学と思想が互いに開かれた状態にあることは、文学作品を書きたいと考えている方にとっては対象について思想的なアプローチが可能になるし、思想の研究をしたいと考えている方にとっては文学作品からさまざまな題材を得ることができるといったように、双方にとってとてもよい環境と言えるのではないでしょうか。

また、私の専門としている中国学の伝統では、「哲・史・文」といった区分けは存在しておらず、哲学・歴史・文学は総合的に研究するのが理想だという考え方があります。ですから私自身、哲学や文学という領域を横断していくのはとても自然なことだと思っています。

佐々木 文芸・思想専修では、卒業時にいわゆる卒業論文ではなく、「卒業制作」として小説やエッセイ、戯曲などをつくる学生が多いことも特徴です。だから、漠然と調べ物をしてまとめるのではなく、表現したい、知りたいという具体的な関心や動機を持っている学生が多い。

動機やモチーフは感覚的なところから出発しながら、哲学・思想から学び、対象について論理的に思考する訓練を積んで、それを表現に生かしていく。単に書く技術を磨こう、というだけではないのです。今の時代に書かれるべきことを、あるいは自らの考えていることを的確に表現できる力を持った学生を養成したいと考えています。この力は人生に役立ちますよ。


ご自身はどうして文芸や思想の道に進んだのですか?

林文孝 私が中国に関心をもったきっかけは、子どもの頃に「漢字って綺麗な形だな」と思ったことでした。それから、たまたま父の書棚にあった漢詩の本に興味を持ち、李白や杜甫に出会いました。ですから入口は文学だったのです。一方で、漢字や漢詩が好きな子どもというのは当時から稀でもあり、なんとなく自分は周囲から浮いた存在だなという感覚がずっとありました(笑)。そうした実感から、社会秩序が形成される際の排除や包摂のメカニズムに関心を持つようになり、そういうことを中国思想の中で研究しようと思ったのです。

佐々木 私が高校生の頃は、学生運動が盛んな時代で、当時は社会の構造やシステムだけで人間というものをわかった気になるような議論が流行っていました。けれども私はそうした考え方が苦手で、もっと地に足の付いた人間的な世界観を持たないと、これからの時代を生き抜くことはできないと感じたのです。そこでハイデガーのような哲学者の本を手に取るようになったのが、哲学の道に進むことになったきっかけです。

哲学・思想というと、浮き世離れした言葉を使って議論しているようなイメージもありますが、それは本来の姿ではありません。日々の私たちの買い物からグローバル経済に至るまでの経済活動や社会制度にも、背後には必ずそれを動かしている何らかの考えがありますよね。自分の目の前に差し出された選択肢はどのような考えでつくられているのか、なぜ、社会でこんなことが起きているのか─表面的に訴えかけてくるものに受け身で反応するのではなく、物事の本質を考えながら行動しようとする時に、大きな力になってくれるのが哲学・思想なのです。そこには、100年、1000年というスパンで蓄積されてきた人類の思考の蓄積があるのですから、ここから学ばないという手はないのです。


文芸・思想を学ぶことは、社会でどんな役に立つのでしょうか?

佐々木 日本の社会は安定成長期を過ぎ、退縮期に入ろうとしています。成長期には同じものを大量に供給するために他の人と同じことをやることが求められてきましたが、退縮期はその逆で、他の人と同じことをやっても評価はされません。さまざまな場面で軋轢が生じることも多い退縮期の社会で求められるのは、自律的にものごとの本質を見極め、新しい事態に柔軟に対処できるような個性的でかつ汎用性のある見識です。文芸・思想専修ではそれを鍛えます。

アメリカの大学では学部の4年間はリベラルアーツといって広い知識と見識を身に付けた後、大学院で各専門分野に進みます。日本の大学でこのリベラルアーツに相当するのは文学部です。立教の文芸・思想専修はその中でも最も先端的にリベラルアーツの理念を体現しているコースです。だからたとえば、ここを卒業した後にロースクールやMBAのコースに通うということがあってもいいでしょう。

林文孝 佐々木先生はヨーロッパ、私は中国が専門ですが、文芸・思想専修には、南米からクレオール文化、そして現代日本のサブカルチャーまで、多様な言語・文化を背景として、研究はもちろん創作や批評の第一線で活躍する教員が揃っていますから、なかなか他所では触れられないものと出会う機会に満ちています。自分も、学生時代には理解できなくて投げ出したような本を数十年経ってから読んで納得するということは結構ありますが、学生時代に播かれた種は、必ず後の人生で芽を出してきますから、ぜひこの場でそういう種をたくさん播いて欲しいですね。

佐々木 まったく同感で、私は学生に「読んで、考えて、生きて、表現する」ことをモットーにして欲しいということをいつも伝えています。とにかくいろんなものを読み、たくさんの表現に触れる。そしてそれがどういう考えでつくられたのかを、教員や他の学生とも議論しながら、考える。そして、学内だけでなくアルバイトやサークルの場でも、読み、考えたことを実践して、生きてみる。そうした経験の積み重ねを卒業論文・制作で表現として結実させて欲しい。文芸・思想専修で養われる分析力、思考力、実践力、表現力はどこに出たって通用すると思います。