文芸・思想専修の卒業生は、さまざまな分野で活躍しています。
新潮社に入社し、現在は文芸誌「yomyom」の編集に携わっている佐々木悠(はるか)さんもその一人。文芸・思想専修を選んだ理由、その学生時代と現在の仕事について、佐々木さんにおうかがいしました。

佐々木悠さん(新潮社の倉庫をリノベーションした複合商業施設・ラカグにて)


思想を学んで、表現に生かす──文芸・思想専修を選んだ理由

私は小さな頃から本を読んだり物語を作ったりすることが好きで、6歳の頃からパソコンを使って小説を書いていました。ゲームも大好きで、物語の世界に入り込んでいくことや、人にそれを楽しんでもらうことが好きだったのです。

純文学からライトノベルまでジャンルは問わず、中学生の頃から哲学書や思想書も読むようになり、大学は文学部に行こうと決めていました。いろいろな大学案内を調べる中で、新設されたばかりだった文芸・思想専修のことを知り、「思想を学びながら、それを表現に生かしていく」という考え方が、とても素晴らしいと思いました。

単に作家や思想の研究をするのではなく、それを生かして自分が感じたことや考えていることを表現したい──ぼんやりとそういうことを考えていたのですが、それは書くことの根幹になる思想を学び、それを文学を読み解くことに応用し、創作にも生かしていくという専修の方針とぴったり合致するように思えたのです。

立教のこぢんまりとしてかわいらしいキャンパスも気に入りましたし、学生の数も少ない方がいいと思っていたので、ここなら落ち着いた環境で勉強できると考えました。


言葉にならないものを、言葉で耕していく──学生時代と就職活動

立教大学池袋キャンパス

今の社会には、物事を深く考えるあまりすぐに行動に移せない人や、考えざるを得なくて立ち止まってしまう人のことをすごく強引にはねのけていくような風潮を感じることがあります。けれども私の文芸・思想専修での4年間は、そうした世の中の流れとは真逆で、立ち止まって考え続けることのできた4年間でした。

言葉を知らない若いひとにとって、日常に生きているだけでは解決が付かなかったり、他人に伝えられなかったりすることに直面するとすごく悩みますよね。それはモヤモヤしてずっと頭から離れないことだったり、しんどくてしょうがないことだったり、いろいろですが、本を読んでいると「私が感じていることは、ここに書いてあることと似ている」という発見があると思います。そこで出会った言葉をもとに、自分がリアルで感じたことを表現して、他人に伝えることができたら、少しは心が軽くなったり、新しい世界が開けてきたりする。

そうやって悩みながら、自分が生きる現実の中で感じたことを言葉にしていくということを思う存分できたのが、文芸・思想専修という場所でした。

先生方も学生にあれこれ指図をするのではなく、それぞれの問題意識をもとに創作・実践に生きる知恵を磨いていこうという雰囲気で、創作に火を付けるようなテーマや作品を扱う授業が多かった。同級生にも物事をよく考える人が多かったし、考えさせてくれる先生もたくさんいらっしゃいました。自分の書いた文章を先生のところに持っていけば「どうすれば良くなるか」と根気良く付き合ってくださったし、同級生たちとお互いの考えていることを朝まで話し続けたりした時間も本当に貴重でした。

「自分は何かにならなければいけない」という焦りのようなものは抱えつつも、大学に入ったばかりの頃は、どういうモチベーションで社会に出て働けばいいのか正直わかりませんでした。けれど、悶々と悩んで自分が押し潰されてしまいそうな時に、いつも本に言葉を教えてもらって救われてきたという経験が大きかったので、「やっぱり本はすごいな、こういうものをつくりたいな」と素直に思ったのです。「これだけ悩み抜いた学生生活を送ったことは一つの財産なのだから、これからは割り切って働こう」と、納得して就職活動にも取り組みました。


時代を超えて生きる言葉を紡ぐ──編集者の仕事

新潮社に入社して最初に配属されたのは雑誌「芸術新潮」の編集部でした。特に印象に残っているのは、「美女と幽霊」というテーマの特集号です。学生時代からずっと好きだった日本画家の松井冬子さんに実際に会って依頼して、心が震えるような、表紙を飾る新作を描いていただいたのです。

雑誌だけでなく、単行本に携わらせてもらうこともあります。『中の人などいない@NHK広報のツイートはなぜユルい?』はそんな一冊です。

この本は、NHK広報の公式ツイッターアカウントで、「お堅い」イメージのNHKらしからぬ「ユルい」ツイートで注目を集めた“NHK_PR1号”さんのはじめての著書です。NHK_PR1号さんのツイートは学生時代から好きだったのですが、東日本大震災の頃にツイートされた、「不謹慎ならあやまります。でも不寛容とは戦います」という言葉がものすごく印象に残っていて、「どうしてもこの人に会ってみたい、できれば本を書いてもらいたい」とずっと思っていました。

そこで、NHKに勤める知り合いにお願いして、なんとかご本人にお会いすることができました。そこからはとんとん拍子に話が進んで、ノンフィクションの編集部に企画を持ち込んで書籍化が実現したんです。

現在は、若い読者をターゲットにした文芸誌「yomyom」編集部で、文芸の仕事を堪能させてもらっています。1日にだいたい2、3冊は本を読んで新しい書き手を探し、原稿を依頼してプロットの段階から相談を重ね、時には作家さんのご自宅まで原稿を取りに行ったりもします。

もともとジャンルにこだわらずにいろんな本を読んできたからこそ言いたいのですが、ライトノベルと呼ばれる作品にも物事の本質に触れているものはたくさんあります。複雑に言わないと表現できないこともあるけれど、軽い読み口で本物に触れられたら、それはいいことですよね。そういうものを作っていきたい。

出版業界は斜陽産業のように言われたりしますが、時代を越えて生きていくのが文学の力。編集者としてはまだまだ駆け出しの未熟者ですが、こんな時代だからこそ、プロとして力のある作品を世の中に送り出していきたいと思います。

写真左:「芸術新潮」編集部時代に佐々木さんが特集を担当、特に印象に残っているという「美女と幽霊」特集と「小林秀雄」特集/写真右:「yomyom」2014年秋号では、NHKを退職し「浅生鴨」のペンネームで作家活動をスタートしたNHK_PR1号さんの長編第一作の連載も始まった

これから文芸・思想専修に入ろうという方や、そこで学んでいる方にお伝えしたいのは、大学にいる間にとにかくたくさん本を読んで、言葉を知り、自分が見ている世界を形にしていって欲しいということです。言葉に限らず絵でも音楽でも、何らかの手段で人に伝えられないと、心の中の葛藤すらなかったことにされてしまう。それどころか、つまらない人間だと思われてしまう。それは悔しいし、もったいないことです。

自分の感じたことや考えていることを相手にわかる言葉にしていくのはとても知的な営みで、意義深いことです。就職活動も仕事も、その延長線上にあると思います。面接官にしろ、作家の方にしろ、自分のことを信頼してもらい、「一緒に仕事をしたい」と思ってもらうには、自分がどういう人間か、どういう経験をしてきたかを知ってもらうしかないからです。文芸・思想専修で過ごした大学時代に、悩み、考え抜いたことを言葉にしていった経験は、今も私の拠り所になっています。