目線の低い詩を聞き続ける

陣野 そういうところからの転換点になったのは『じゃがたら』(2000年、河出書房新社)という本でした。じゃがたらというロックバンドの評伝ですけど、彼らはすごく目線が低いんです。詩も、音楽のやり方も、社会に対する態度も、ものすごく目線が低くて、強靭だった。そのバンドのことを評伝として書いたのが、その後のものを書いていく時の出発点になった感じがします。それまでに書いた本も何冊かありましたが、それらは今自分で読んでも何を書いているのかわからないところがあります。頭でっかちな書き方になっている。
『じゃがたら』以後は河出書房新社と仕事をすることが多くなったんですけど、それは『じゃがたら』で、永山則夫の担当編集者だった阿部晴政という編集者に出会ったからなんです。そこから20年は彼と仕事をしてきた感じで、最初につくったのが『じゃがたら』で、阿部さんが会社を辞める直前、2020年に出した最後の本が『ザ・ブルーハーツ―ドブネズミの伝説』。だから信頼できる編集者との出会いというのは大きいですよね。

 「目線が低い」という点では『じゃがたら』と『ザ・ブルーハーツ』は共通してますね。

陣野 そうですね。ザ・ブルーハーツでいえば歌詞が素晴らしい。要するに詩のことをやってきたと自分では思っていて、目線が低い詩を書いている人たちばかりをずっと扱ってきた。そこはずっと一貫してるつもりではあるんですね。

 じゃがたらはもともと好きだったんですか?

陣野 好きでしたけど、ライブで見たことはほぼありません。1990年には江戸アケミが入浴中の事故で亡くなって、バンドもなくなってしまったので。だから周りのいろんな人に連絡をとって話を聞きながら本をつくった。時間をかけた感じもするし、やはり一番思い出深いですね。

 『渋さ知らズ』(2005年、河出書房新社)もそういう流れだったんでしょうか。

陣野 「渋さ知らズ」はまだ今もあるバンドなので、彼らの活動のほんの一瞬だけを切り取っただけという感じです。ともかく連絡を取るが大変でしたね。50人ぐらいに連絡取って、連絡も取れない人もいっぱいいるし、怒られたり、キレられたり。

 陣野さんの書かれたものを読んでいると、作品論としてももちろん成立しているんだけど、「匂い」がしてくるような感じがあります。その場にいるライブ感みたいなものがあって、匂いや触感みたいなものが伝わってくる。あれはいったいなぜなんだろう、と。例えば『テロルの伝説―桐山襲烈伝』(2016年、河出書房新社)でも、それをすごく感じました。作家の代表作をピックアップして分析するのが通常のやり方とすると、『テロルの伝説』では桐山のありとあらゆる作品を読み込んで、通常の読みからはこぼれ落ちるものを全部拾おうとしている。陣野さんの執念みたいなものを感じたんですが、匂いはそこから来るのでしょうか。

陣野 桐山論は位置づけが難しいんですよね。自分としては文芸評論としてやっているつもりはあまりなくて、今までやってきたことの集大成というつもりでした。『じゃがたら』から始まって『ヒップホップ・ジャパン』(2003年、河出書房新社)に出てくるラッパーや、ECDもそうだし、それから渋さ知らズも、要するにアンダーグラウンドの人たちで、自分の主張を地味に繰り返していくスタンスのミュージシャンたちなんです。だから、そういう目線の低い言葉を聞き続けている感じは、最初から一貫しているかなとは思います。桐山論は、その集大成として書いたつもりなんです。
 その間に『フランス暴動―移民法とラップフランセ』(2006年、河出書房新社)を書いているんだけど、この本もラップの分析で、フランスの音楽を扱ってもやっぱりそういう方向に行ったんですよね。日本ではヒップポップは移民の言葉ではなかったけど、移民の言葉というのがフランスでは気になった。いっぽうで今の日本のヒップホップは、確実に一部分は、移民の音楽になりつつありますよね。面白いと思う。

 そうなんですか?

陣野 川崎の南部の在日の人とかがラップをやったりしているので、移民系の音楽になりつつある感じはあるんですけど、それはもうちょっと状況を見ていく感じになると思います。フランスでラップは移民系の音楽として人気があったんだけど、それが2010年ぐらいから変わって、移民の音楽だったものが完全に社会に定着していった。それでも相変わらず目線の低い音楽であることに変わりはないんですけど、それが一番新しい本、『魂の声をあげる―現代史としてのラップ・フランセ』(2022年、アプレミディ)につながる話ですね。